カテゴリー「保育」の21件の記事

2019年2月12日 (火)

節分と浄土真宗の倫理観

こころの鬼は ここにおる  今月の言葉2019年2月
    浅原才一  2019年 妙好人(みょうこうにん)カレンダー2月
 八木保育園では節分の鬼や豆まきを行いません。仏様の前に立ったなら、「私こそが、どうにも変わりようのない“鬼”でした。南無阿弥陀仏」という、浄土真宗の伝統的な倫理観によるものと考えています。
2019年2月の園だより 

 

2015年2月20日 (金)

年長児とミュージックベルで和音遊び

 今日の午後、年長児が2階の「クマの部屋」でミュージックベルの練習をしている音が、真下にある事務所に聞こえてきたので、上がってみた。練習しているのはディズニー「小さな世界」です。歌いやすい暗域になるようにト長調にし、後半の少しだけはトーンチャイムを重ねて、2声のハーモニーになるように編曲してある。

 

 まず園児たちは歌詞で歌い、次に階名(ミファソーミード、レドドーシシ・・・)で歌う。そして最後に、ミュージックベルとトーンチャイムを使って合奏する。口元を観察すると、ほとんどの子どもはベルを鳴らしながら、小さな声で階名で歌っているのがわかる。指揮をする保育士は、音を出す個々の子どもを指さすようなことはしない。そんなことは全く必要でない。子どもたちは曲のすべての階名を理解し、自分のベルの音が来たら音を出すことができる。音を聴く力と、頭の中で音を組み立てて音楽として構成し、さらに耳で聴いた音と比較しながら、声を出したり音を出す手の動きに繋げることができている。

 

 

 

 練習に一息ついた頃合いを見計らって、私は「ではミュージックベルで遊んでみようか」と提案した。「僕が今から言うベルを持っている人は立って下さい。ドの人、ミの人、それからソの人」何が始まるのかと、不思議そうな顔で立ち上がったところで「では立っている人は、一斉に音を出すからね、いいかな」僕の腕の合図で長和音(音名ではGHD)が響いた。A子ちゃんがすかさず「きれいー!」と声をあげると、幾人かが同じように「きれい、きれい」と相づちをうった。「では、今度は低い音から、ビロロロローンと鳴らすからね。」と向かって右端の子どもからザーーっと指示すると、チャイムが「リリリリリリリーン」と軽やかに長三和音のアルペッジョ(分散和音)を奏でた。A子ちゃんが「きれい!」と反応して、他の子たちも同じように出てくる音楽に驚いたようでした。

 

 「では、別の人にもやってもらいましょう。今の人は一度座って下さい。今度はファの人、ラの人、ドの人は立って下さい。あっ、ドの人はまたですね。がんばってね。」「ではファ・ラ・ドのひとは一斉に鳴らします」こんどはさっきとは少し違った響きのさらに明るい和音(音名CEG)が鳴った。新しい響きに、ほとんどの子どもが気づいたようです。アルペッジョもやってみました。

 

 「では、もうちょっと難しいことをやってみよう」「僕が指を4本出すと、今の人たちは音を鳴らして下さい」 僕が指を4本出して合図するのに合わせて、ファラドの和音がちゃんと響いた。そこで「こんどは、一番始めに鳴らした人たち立って下さい。あなたたちは僕が指を1本出したときに音を鳴らして下さい」僕が指を1本だすとドミソ(音名GHD)が鳴ることを確認した。

 

 「ではでは、もっと難しいことをするからよく聞いて下さい。僕が指で1を出したらドミソの人、4を出したらファラドの人、音を鳴らして下さい。どちらも鳴らす人もいるでしょ、ドの人たち。ちゃんとどちらも鳴らしてね。」僕がまず指を1本出すと、ドミソの和音が響いた。次に4本出すとファラドの和音が響く。続けてもう一度1本で合図を出すとちゃんとドミソの和音が響いた。1-4-1という長和音の進行を体験できた。みんなで拍手をして、きれいな響きをかみしめた。

 

 この飛び入りレッスンはおしまいにしようかなと思ったときに、「私はまだならしてない。鳴らさせてもらえへんの?」と訊ねてくる子があった。「あっ、そうやね。ごめん、ごめん。そんなら、もうちょっとつづけてみようか。」今度は、短和音でやってみることにした。「ではレ・ファ・ラの人は立って、僕が2本指を出して合図するから鳴らしてね。」今度は、今までとはすこし違った和音が響いた。アルペッジョで鳴らすと、さらに短和音の悲しい響きがよく聴き取れる。子どもたちもそれが出来たようだ。今までと違う表情になった。

 

 続いてラ・ド・ミの子どもたちにも「僕が左手5本と右手1本の合わせて6本の指を出したら鳴らしてね」と指示した。子どもたちは理解したようだった。2-6-2の和音進行を作ることもなんとかできた。実はたった一人、まだ音を出していない男の子がいた。シを担当するH郎くんだった。彼には2の和音に加わってもらった。純粋な短和音がこれでちょっとお洒落な響きに変わった。

 

 最後に、1・4・2・6・4・1と指で示しながら和音の変化を楽しんでみた。さすがにここまで来ると僕の要求は複雑すぎて、思うような響きにはならないので、もうこれで終えることとした。また後日、機会があったら続きをやってみよう。

 

 「では最後に1の人たちだけで、リリリリリリーと続けて鳴らして終わりましょう。」僕の指揮できれいな長和音が響き渡った。そして、音を止める合図を送ると、ぴったりと全員の音が揃って止まった。音を止める打ち合わせも何もしていないのに、それを瞬間的に理解してくれたのである。

 

 僕の即興飛び入りレッスンはこれで修了。

 

 

 

 子どもたちは、もう一度だけ「小さな世界」を演奏して、自分たちの部屋に戻っていった。

2014年12月27日 (土)

第5回 本願寺派コダーイ保育連絡会(仮称)へのお誘い

第5回 本願寺派コダーイ保育連絡会(仮称)へのお誘い

 

 

  拝啓

 

 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 

 この会は、私が個人ブログ※で「浄土真宗+コダーイ保育の保育園集まれ!」(2011年12月12日)という文章を載せたことに端を発します。ハンガリーの保育を基礎にしながら保育を学び、かつ浄土真宗のみ教えを保育の中で子ども達に伝える実践を行っている保育園関係者に向けた私の呼びかけに2園(熊本県玉名市敬愛保育園、長崎県雲仙市大福寺保育園)が賛同して下さり、私たちは情報交換と親睦交流を目的として2012年1月より年に1~2回ペースで開催してまいりました。        ※「魔法の小石」

 

 今回はいよいよ当方の八木保育園で開催することになりました。

 

 

 八木保育園は1972年、正福寺境内隣接地で当時の住職と坊守によって創立され、以来42年間にわたって、地域の福祉と幼児教育に貢献しながら、仏様のみ教えを子ども達や若い家庭の方々に伝える役割を担ってきました。2001年に園長職を私が引き継ぎ、良き伝統は守りながらも、神戸コダーイ芸術教育研究所(主催:小林純子先生)の元、職員一同で時代に合わせた質の高い保育と教育を研鑽してまいりました。

 

 今年度4月には念願であった新園舎が完成し、認定こども園として大きな新しい一歩を踏み出したところです。

 

 今回も、別紙要項のとおり、公開保育と懇談会を中心に進めながら、保育を語り合いたいと思います。自園の保育形態などにはとらわれず、どうぞご参加下さいますように案内申し上げます。

 

 

・期日  2015年1月27日(火)~28日(水)

 

・会場  認定こども園八木保育園  ・研修テーマ  『浄土真宗の保育実践』

 

・対象  浄土真宗本願寺派保育園等に関わる職員、その他関心のある方。

 

・参加費(1名) 27日夕食会参加費(懇親会)8500円  宿泊費6500円

 

         28日研修会参加費1000円       昼食費1500円

 

・参加申し込み先  清流祐昭   672-8018 兵庫県姫路市木場前中町46  

 

                               認定こども園八木保育園       正福寺

 

                   079-246-5060  FAX 079-245-9914     090-2190-1103

 

                 Mail     y.seiryu@yagi.ed.jp

 

  別紙「参加申し込み書」にご記入の上、1月7日(水)までにメールまたはFAXでお申し込み下さい。

 

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2014年10月21日 (火)

教育現場で鍵盤ハーモニカを使ってはいけない2「演奏が難しく構造が不明」

  教育現場になぜ不適なのか簡単に言うと 1演奏が難しいこと。 2楽器の構造が分かり難いこと。 の2点に集約されます。

 

 就学前の児童にはまず肉声で歌うこと、自分の声と他人の声を聞き分けることがまず大切です。他人の声には、先生の声も友達の声も含まれます。子どもの歌には動作を伴った遊びがついている方が自然です。また、興味を引く言葉で綴られた歌詞も必要です。歌いながら遊ぶ中で聴く力(音程を合わせる力)が養われていきます。充分に歌って遊ぶ時間を、鍵盤ハーモニカのトレーニングに当ててしまっているとしたら、音楽的な基礎能力を育てずに、発表会目的の芸当を習得させただけのことに終わります。将来的に大人の楽器に繋がっていく音楽教育になっているかどうかは大きな疑問です。

 

 それから、楽器の構造を見て触って理解できることで、興味が深まり創意工夫が発展します。発音体が筐体に収納された鍵盤ハーモニカはその点で不利です。ピアノも同じです。木琴とかハープの類は構造的には最も幼児には向いていると思います。

 

 ピアノやオルガンなど本格的鍵盤楽器へのへの導入という意味合いもあるとは想像します。ピアノや電子オルガンメーカーはそういう意図(経営戦略)を持って、教育界に働きかけたのだと推測します。しかし、本格的鍵盤楽器への導入を本気で考えるなら、鍵盤に文字を書いたり色のシールを貼ってはいけません。小学校の音楽会へ出かけたときに、置いてある高価な鍵盤楽器にシールがべたべたと貼ってあったりして、がっかりします。

 

 

 鍵盤楽器は白と黒で認識します。黒鍵は2つのブロックと3つのブロックがあり、黒鍵それぞれは位置関係で区別できます。ところが、白鍵自体はずらっと並んでいて、それ自体では区別できません。白鍵が認識できるのは黒鍵との位置関係があるからです。黒鍵が無ければ白鍵は認識できません。しかし、黒鍵はそれ自体で認識可能です。もし、白鍵に文字やシールを貼ってしまったら、黒鍵との位置関係で認識するという大事な練習を怠ってしまいます。本格的なピアノなどへの導入になっていないというのは、こういう意味です。僕が全くの初心者にピアノを教えるときは、まず黒鍵から練習させます。「白い鍵盤は難しいから、もうちょっと上手になってから弾こうね」と。

 

 

 

鍵盤ハーモニカは、管楽器の経験があってなおかつピアノかオルガンがある程度弾きこなせる人にとってはとても魅力的な楽器だと思います。僕は、中学校のブラスバンドでトランペットを吹いて、高校からピアノを習ったので、鍵盤ハーモニカは面白い楽器だと思います。

 

 

 先日、プロ用を買いました。駅前でバッハのシャコンヌを演奏するのが目標。モーツアルトのバイオリン協奏曲もやりたいのです。これは誰かに伴奏してもらわないとダメなんですが。ピアソラのタンゴとかも合います。

2013年11月16日 (土)

保育園では、私の音楽指導は間接的に

昨日、小学校の音楽会にうちの保育園も特別出演しました。年中児と年長児です。私は、来賓席で聴かせて貰いました。終了後、校長室でお茶をよばれているとき、園児の歌を褒めて貰いました。そして、同席した来賓方から「園長先生がピアノを弾いていつも教えておられるからでしょう?」と言われました。これは、大きな誤解です。これは、重要なことなのでいい機会だからお伝えしておこうと思いました。
「まず、私が子どもの前でピアノを弾いて歌を指導することは、まずありません。音楽を指導するの担任の保育士で、その時にもピアノは使いません。歌の指導は肉声です。肉声の方が簡単に早く教えることができます。うちの保育園の子どもたちが、立派に歌えるのは、ピアノを使わず、わらべうたを沢山歌って遊ぶからです。」
と、つい熱弁を振るってしまいました。皆さん、意外だったようで、とてもびっくりされていました。

補足して解説しておきます。

保育園児の前で曲を弾くことは、たまにあります。入園式と卒園式の園児入堂のBGM、ほか年に一回くらい。保護者会でも、たまに弾きます。
歌の指導は担任の保育士がします。ピアノは使わないのが原則です。ピアノ伴奏がついた曲でも、まずはピアノを使わずに、保育士が肉声で教えます。十分に歌えるようになって初めてピアノ伴奏を加えます。その時に、子どもがピアノの旋律に頼り切りにならないように、また、ピアノの音とうまく合わせられているかをチェックするように、保育士には、言っています。
ピアノ伴奏の付いた曲は、行事の時に歌うので、選曲の時点で私も相談に乗ります。保育士が候補曲を選んできたものを、私が見て、相応しくないものを指摘します。使える既成曲は本当に少なくて、いつも苦労しますあす。
音域が広過ぎないもの。最大でも1オクターブ以内。できれば6度以内がベストだが、そんな曲は、ヨーロッパの子どもの歌ぐらいにしか無い。
幅広い跳躍進行が無いもの。あっても、使われ方が自然で、回数が一回程度であること。
メロディーを構成するリズムが複雑過ぎないこと。
メロディー自体に和声が感じられるものであること。
歌詞の音律と曲のメロディーが会っていること、などがポイントです。

実際に園児に指導するのは保育士です。私は、園児に教えるのは苦手です。保育士が困った時は、相談に乗ってアドバイスします。
音域が合わない時は、移調を勧めます。調号が多くなくて、子どもの声域に合わせた調を伝えます。急ぐ時は、ピアノ伴奏譜を私が移調して書き換える時もあります。
指導上で困ったら、易しく段階的に伝える方法を考えます。
今回使った曲のうち「八兵衛さんと十兵衛さん」では、この曲はもともと前半はメロディーが無いわらべうたの称えで、後半からはピアノ伴奏のついたわらべうた風な楽曲になっています。しかし、最後の所がだけが西洋音楽の終止形になっていたので、作曲者には申し訳ないですが終止を日本のわらべうた風に改作したものを教えることにしました。また、この曲は最後までピアノは用いずに、無伴奏で歌うことにしました。これの方が演奏効果が上がると考えました。しかし、実際に歌っていくと、後半の歌い出し部で基準になる音が定まらず、歌い出し音が複数で始まってしまう現象が起こりました。これではきれいな斉唱になりません。そこで、音を一つに揃えられる数人がまず2小節を歌い、その後で残りの児童が続けてゆくことにしました。これで、本番では全員の音を揃えることが出来ました。

もう一方の曲「切手のない贈り物」は、ピアノ伴奏では右手でメロディーを弾いかないようにお願いしました。せっかく子どもたちが上手く歌っているのに、そこにピアノの音をかぶせることは逆効果です。しかし、後半に最高音D音があり、そこは子どもの声域には辛くて、そこ以降はどうしても音程が不安定になってしまい、最後まで不安定感が取れずに終わることが分かりました。そこで、最高音が出てくるあたりからは控えめにメロディーを弾いてもらようにしました。これで、本番は安定した音程で上手く歌えました。

ステージマナーも教えます。コンサートマスターの役割、指揮者としての心得や所作の基本など。普通の養成校では指揮の指導や経験は無いそうなので、初めての保育士はとても苦労しています。しかし、少し要点を教えるとかなりかっこ良くできるようになります。勿論、演奏者に的確な指示が出来ることもふくめてです。

私は、このように間接的に音楽の指導をしています。

 

子どもに想い出は要らない

先日行った小学校の音楽会で、最後に全員合唱というものがあり、「さよなら」という歌を歌ったのです。プログラムに歌詞が印刷してありました。
『素晴らしい時は やがて去りゆき、今は別れをおしみながら、ともに歌った喜びを、いつまでもいつまでも忘れずに』
想い出に浸って喜ぶのは、年老いて先の短いわれわれ世代のすること。小学生が、そんなに思い出をいつまでも忘れないぞなどと、センチメンタルな心境に浸るでしょうか。記憶として残ることはあるでしょう。しかし、それをいつまでも忘れないぞと考えるでしょうか。子どもはそうでなくて、もっと未来を見ているように私は思います。未来への手がかりとしては過去の記憶を引き出すことはあるでしょう。
この歌は、人生の黄昏を迎えたおじさんおばさんが作った歌で、そういう世代に近い教師が児童に歌わせているように思えてなりません。歌っている子どもたちは、どんなに思っているでしょう。
小学生なら、人生はこれからまだまだ長く、この先沢山の事件が待っています。音楽会で歌った喜びなんてチャチなものは、さっさ忘れてしまいましょう。と、僕は歌いたいですね。
うちの保育園の卒業式では、卒園児は一人ずつ自分が大きくなったら何になりたいか、描いた絵を示しながら列席者に話します。保育園での想い出なんてのは、どうでもいいのです。園生活の記憶は、未来への眼差しにちゃんと生きているでしょう。園生活を振り返って、想い出に浸りたいのは大人の方だけです。
仏道における自力修行というものも、結局想い出を作っているのだと思います。想い出は、人を混乱させます。人は、想い出に縛られます。想い出は、自分の脳にメモリーとして存在します。念仏はそのメモリーを無価値にするものだと。念仏は凄いのです。

2013年10月 7日 (月)

浄土真宗本願寺派「まことの保育セミナー」最終レポート

さる8月18日から20日にかけて西本願寺で開催された「まことの保育セミナー」に参加しました。参加者約100人のうち、園長は私ひとり。また、50歳を超えた参加者も私の他にはいませんでした。主催者側のスタッフや記念講演の講師は、龍大の同級生だったりして、いろいろと面白い経験ができました。

 

以下の文章は、セミナー最後に提出した感想レポートです。

 

 

 

私は、園長という立場をあえて離れずに、管理職として若い保育士の方々と話しました。「まことの保育」について読んだり想像していたことが、実際の現場の先生達の思いとどれほど違っているか、あるいは近いものがあるのかどうかが最大の関心でした。現場の先生にとって「まことの保育」はとてもむつかしいものであろう、こまっていることであろうという想像はかなり当たっていました。

 

保育士自身がしっかりと学んで深い宗教的信念に基づいた保育を要求すれば、それは途方もなく難しい要求で、混乱と挫折を生みます。

 

私は常々「真宗の保育者は、譬えば宅配便の配達人でいいんですよ」と言ってきました。「『お念仏』というすばらしく上手くパッケージされた、阿弥陀仏からの贈り物を、そっくりそのまま子どもたちに手渡すだけでいいのです。配達人が勝手に荷物をほどいて中身を見たり、食べてしまっては困るのです。」と。

 

ここまでは以前から言ってきたことです。今回の講座で話し合う中で、実はそのつづきがあったことにも気づきました。それは「配達人は荷物を子どもに手渡したらば、その時全く同じ荷物を自分も貰って帰ることができるのです。貰った『お念仏』というパッケージされた荷物を、興味がなければ捨ててしまっても良いのです、どうしようが全く自由なのです。しかし、もしも興味があれば、あるいはいつか興味が出たならば、その時はヒモをほどいて中身を見たり味わうことができます。」

 

参加されていたほとんどすべての保育士や幼稚園の先生たちは、ちゃんとヒモをほどいて中を見ておられたり、味わっておられました。それは素晴らしいことだと感じました。

2013年9月 1日 (日)

役割遊びとしての研究誌発行  あとがきに代えて

 昨年6月、八木保育園の職員で原稿を書いて10ページほどの小さな冊子を出しました。セーケイ・イロナ先生の実地指導研修に合わせて、地域の教育に関心のある方々などに私たちの実践を知ってもらうことが目的でした。初めてのことで、かなり苦労をして作り上げたものだけに、反響が思いがけないところからあちこち寄せられたことは、とても嬉しい体験でした。

 

今年も、ようやく冊子ができあがりました。

 

 私たちの実践を知って貰えることは、とても嬉しく、日々の保育にも励みになることと思います。しかしそれ以上に、冊子を刊行することを前提にそれぞれが文章をまとめる作業の中で、保育を客観的に見直したり別の書物を紐解いたり、また同僚と話し合ったと聞いています。園長と意見が食い違い、修正や補足を求められて、気分を害したこともそれぞれにあったと思います。私も、どう説明すれば分かって貰えるか、どう援助すればそれぞれの職員「等身大の原稿」が生まれてくるだろうか、どう構成すれば保育園の全体像が浮き出してくるだろうかと頭を悩ましていたのです。しかし、私はそういうことが盛んに起こったこと自体が、大いに意義のあることだと思うのです。

 

保育に喩えれば、子ども達が役割遊び(ごっこ遊び)に熱中して遊ぶことと通じていると思います。役割遊びでは、自分の体験や知識を織り交ぜて、いろいろな玩具を組み合わせて使い、また友達と会話をしながらながら遊びは発展していきます。時には意志がぶつかりあい、葛藤やトラブルが発生します。そういった諸々の中で、子ども達は多くのものを学びます。大人から一方通行の教育では得られない協同して学ぶことや、創造したり構成する力、社会性を養ってゆきます。その時保育士は、遊びが発展するように環境を整え、遊びの中心に入ることは極力避けながら、必要であれば遊びのきっかけを与えます。

 

 

 

私たちの文章は、仮に専門家から見れば拙いものであっても、できあがった冊子のはるか何倍もの収穫が、私たちの手元に残っていると確信します。「今年も研究冊子を出そう!」という呼びかけに応えてくれた職員に深く感謝し、編集作業が予定よりはるかに遅くなったことをお詫びいたします。

 

ありがとうございました。

 

 

 

『八木保育園の考え方と実践2』2013/08/30発行 より

 

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保育園に外部講師は入れない

 うちの園の基本方針の一つに、「外部講師は原則として入れない」があります。音楽も体育もすべて担任が行います。もちろん専門技術や知識では専門講師にかなわないでしょう。しかし、外部講師は子ども一人ひとりを把握できないはずです。また、その分野で優れた子どもや興味を持ってついて来る子どもには積極的にかかわれても、そうでない子どもにはかかわるすべを持たないだろうと思います。義務のように押し付けても、うまくいかないはわかっています。負の行動をとる子どもにどう対処するかは、平生の生活を知っている担任しかできません。
 また、何年もにわたって色々な分野についてその子どもを把握している担任だからこそできる保育園保育を目指しています。それは、保育士にとっても自己研鑽の内的動機となって働くのです。園長も一種の外部講師ですから、直接保育に入ることは滅多にありません。資格は持っていても実践経験が浅いから、下手です。

私達のコダーイ保育の原点、羽仁協子さんのこと

 羽仁協子さんは自由学園で高校まで学ばれてから、ウィーンの大学に留学されました。専門は音楽、指揮科でした。日本を立つ時は天才少女指揮者のように言われて、鳴り物入りでおくりだされたようですが、本場で学んでみて自分の実力の無さに愕然とし、何とか大学は卒業はしたあとは、音楽の道は断念されたのだそうです。それで、すぐに日本に帰ることもできず、たまたま縁があってハンガリーで通訳をされていた時にハンガリーの音楽教育者で作曲家のコダーイに出会われました。コダーイの音楽教育の基本は、自国の民族に伝承したわらべ歌を使った教育でした。

 

 羽仁協子さんはその優れたシステムを学ばれて、日本でもこの音楽教育をしようと勇んで帰国されました。ところが、いざ日本の保育園で日本のわらべ歌による音楽教育、音楽遊びをしようと試みても全くうまくいかなかったのだそうです。その時に、羽仁協子さんは日本の保育そのものを変えていかねば、いくら優れた音楽システムであっても子どもたちには入ってゆかない、子どもたちは受け付けない、ということを思い知らされたのだそうです。それで、ハンガリーの国立保育園から現場のベテラン保育士や発達心理学者を呼んで、日本の保育士や音楽教育関係者と勉強を始められたのが、私たちの保育の原点です。

 

 「子どもの育ち・保育者の仕事 松の実保育園の保育実践」明治図書の主な著者、元松の実保育園長和地由枝先生も、その出発から共に学び実践されてきた方です。

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